同窓会会長挨拶

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鹿児島工業高等学校同窓会
会長 永里 和吉
(昭和45年工業化学科)

ごあいさつ

令和6年10月1日
同窓会長 永里和吉

 会員の皆様、猛暑や地震・水害など天変地異が日本全国で起こり、また新型コロナの再発生など不安材料もありますが、いかがお過ごしでしょうか。
今夏は記録的な猛暑が連日続き,地域によっては41度を超えるところもあり例年以上に熱中症対策強化に努めなければならなかったように思います。鹿児島も1年の半分が30度を超える夏日(5月から10月)になり、私の人生でも一番熱い年になりました。夏休みに小学3年生の孫が私の車に乗るなり、「灼熱地獄だね~」といった言葉に家内とびっくりし笑ったものでした。もちろん孫は漫画の世界の言葉に意味もあまり分からなかったと思いますが・・・。

 母校は明治41年鹿児島郡立工業従弟学校創立以来今年で116周年、大正8年鹿児島県立工業学校として草牟田に移転してから105年、昭和24年県立鹿児島工業高等学校と改称してから75年を迎えます。母校の環境も変わり、6階建て校舎や実習棟・体育館など全面改築し、「新たな鹿工高」が今年度で完成します。皆様方が青春の時空を刻んだ「学びの舎」が新たな装いとともに大きく変わってきました。実際、昔の面影は旧正門と大煙突しか残っておらず、そのシンボル大煙突・旧正門と新校舎のコラボが、歴史と近代工業教育をつなげてくれるように映ります。ぜひ、新生した母校を皆さんの眼で確認に立ち寄ってみませんか。
6月5日南日本新聞の地域面に「33年節目同窓会に幕」と大きく取り上げられた、昭和33年3月3日母校電気科を卒業された「鹿工電33会」の方々が85~86歳と高齢になり、平成3年の第1回から33年目となる今回をもって同会を締めくくったと掲載されています。幹事の栗屋三郎さんに先日姶良支部総会でお会いした時に話を伺い、「まだまだ元気。卒業した仲間とはいつでも連絡を取り合い、いつでも会える体制は整えている。絆は永遠」と元気に焼酎を飲みながら話されていました。同級生同士で長い間連絡を取り合い共有されている姿を拝見し、同窓会の仲間はいいなぁ~と思うひとコマでした。

 今年の同窓会総会(慰霊祭、懇親会含む)は7月6日(土)開催しました。慰霊祭は護国神社、総会は母校、懇親会は城山ホテル鹿児島で行われました。特に今年の亡師亡友の慰霊祭には3名の特別会員の名前がありました。神奈川支部で長年幹事長をされた古川順二様、本部の副会長をされた浜田英俊様、関西支部を創設された木ノ下良男元支部長様も含まれました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
なお、今年の実行委員は平成14年卒業の山下義隆委員長のもと、ラグビー部、サッカー部を中心に構成されました。制約の多いなか苦労も多かったと思いますが最高の企画・運営をしていただきました。感謝申し上げます。

 毎年のことではありますが、同窓会には元気な高齢者のご参加の人が目立ちます。特に90歳近くでゴルフをされている方が数名いらっしゃいます。「俺は100歳まで生きると決めた」と書店の陳列棚の本を手にした作者は今年87歳になった加山雄三氏です。われら青春のスーパースターでもあります。波乱万丈の人生を振り返り、「俺の全盛期は70代であった。そして80代の今はまだまだ青春。100までピンピンしてコロリと逝くには、身体だけでなく気持ちの張りが必要。それにはいくつになっても目標を持ち、努力を続け、周りに感謝しなければいけない。」と語っています。いくつになっても響く言葉であります。

 最後に、今年度も会報誌を発行し、同窓会員へ送付しました。この会報誌を通じて母校、会員同士の架け橋になればと思っています。
母校の繁栄と会員の皆様のご健勝・ご多幸を祈念申し上げ挨拶とします。